田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年4月28日水曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 貫通銃創 12

 私は包帯姿の崔さんを眺め、自分の負傷を打ち見守って、胸も張り裂けんばかりであった。
 その時担架を担ぎ上げた民雇は、何の遠慮もなく、ずんずんと診察室から運び出した。頭に包帯をした崔さんは、よろめきながら玄関まで出て来たがただ無言のまま突っ立って、目に涙を一杯溜めていた。そして私の担架が公医の門を出ようとすると、
「理事さァん! アイゴ!」と崔さんの慓えた声が悲しく聞こえた。私は、全く心臓でも抉られるような思いがした。

 先刻民雇に担架を下ろされ逃げられた桑畑に来た時には、もう崔さんの悲しい声は聞こえなかった。私は担架の上で、毛布を被ったまま戦死した分隊長や、頭を包帯していた組合員の崔さんに対するいろいろの記憶を辿って、全く夢のような気持ちになってしまった。

 担架の側に付き添っていた進さんは、歩きながらソーッと毛布を開けてみて、
「ああ、また血が包帯に沁み出たですねぇ。」と言った。
Oさんも亦、
「それに何だか顔色も、前より幾分悪くなったようですねぇ。」と心配そうに進さんの顔を見た。
「なるべく静かに、担架の揺れないように歩け。」と今度は後ろについていた上等兵が、民雇を窘(たしな)めるように言ったが、私はもう夢か現か全くわからなくなってしまった。

0 件のコメント:

コメントを投稿