田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年4月28日水曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 貫通銃創 8

 担架の上は鮮血で血の海のようになった。腰から背にかけて、ヌルヌルと血糊がくっついたが、私自身ではそれをどうすることもできなかった。ただ、目を閉じて静かに来るべき運命を待つより他に仕方がなかった。その時丁度私が運ばれてきた反対の方向から、
「おお、あれだあれだ。あんな桑畑に担架を下ろしている。」という声が聞えた。
それは正しく進さんの声であった。
私は絶望のドン底から救われたような気がした。
「担架を置いて民雇は一体何処へ行ったのでしょう。」と言ったのは確かにOさんの声であった。
「おお、あそこの黍垣のすそに跼んでいるのは、あれは民雇だ。」とK上等兵の声がすると今度は、
「おい、民雇、オラーオラー(来い来い)。」とS上等兵が大声で叫んだ。そして四人で私の担架の側に駆けつけると、進さんは私が頭から被っていた毛布をあけてみて、
「これは大変な出血だ。早く連れて行かねば斃れてしまうかもしれない。」と言って民雇を呼びつけた。黍垣の根に身を潜めていた民雇は、先刻の慌ただしい足音をてっきり暴徒の一隊だと思って、地に這いつくばるようにして跼んでいたが、護衛の人たちであったので嬉しそうに走ってきて、慄(おのの)きながら、
「アイゴー、恐ろしかった。」と言って担架を担ぎ上げた。

 それを四人で前後左右を護衛して、公医の家にと急いだ。担架の横に付き添っていた上等兵は、
「君たちは我々の準備ができるまで、なぜ待っていなかったのだ。そして何処を探しても見つからなかったが、一体どちらの道を通ってきたのか?」と言葉鋭く聞いた。
「ヨンガミさんが直ぐ来ると思って、裏門から近道を通ってきたのです。」と一人の民雇が答えた。すると今度はS上等兵が、
「なぜあんなところに担架を下ろしたのか?」と質問した。
「本通りの酒幕の前に差しかかると、中から暴徒が、「待てッ、止まれッ」と怒鳴ったので、恐ろしくて夢中でその前を駆け抜けて、桑畑の中に逃げ込んだが、後から何だか暴徒が追っかけてくるような気がしたから、担架をそこへ下ろして、向こうの黍垣の陰に隠れていたのです。」と又一人の民雇が弁解するように答えた。

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