田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年4月25日日曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 灰かぐら 7

 郡守の側に座っていたY庶務主任は、両面封紙を折鞄の中から何枚か取り出して、
「皆さんご苦労でした。それでは今回の突発事件に対して善後策を講究したいと思いますから、どうか忌憚なき意見をお述べ下さるようにお願い致します。」と静かに述べ終わったが、室内には重苦しい空気が充満して咳一つする者さえもない。ただ柱時計の時を刻む音が、コチコチと聞こえるばかりであった。

 折から慌ただしい靴音が聞こえたが、やがて私の家の前でハタと止まった。入口に座を占めていたOさんは、私に代わって戸を開けた。すると、
「分遣所長殿より連絡の為報告!」声は低かったが、力が籠っていた。よく見ると厳めしく武装をしたK上等兵であった。そして、
「ただ今当邑を去る五里の地点五柳洞より、暴徒数百部隊を為し邑内襲撃の目的をもって、間道を経て陽徳に向いつつあり。終りーッ!」
K上等兵の姿は、靴音を残して闇の中に掻き消えた。

0 件のコメント:

コメントを投稿