田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年4月19日月曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 第一歩 4

 その朝、馬夫が朝鮮馬にしてはちと逞しすぎる、毛のぼやけた赤馬を曳いてきた。
「この馬はおとなしいかね。」と聞いたら、
「ネーネー。」と馬夫は答えた。
「落としたら、金は払わないよ。」と言ったが、馬夫は何とも答えなかった。
 出発の際、宿の主婦が、こんな厳冬の旅行は日の出後一時間して出発し、日の入り一時間前に宿に着かないと凍傷にかかると教えてくれた。
 丁度その日から生憎三寒に入って、寒さは中々猛烈であった。日の出後二時間も経っているのに、出発にさしかかると、寒さがひしひしと身に迫って、外套のボタンが外れても手が凍ってはめることができなかった。私は馬の上で凍傷にかかったのではないかと、時々手足の指を動かせてみた。
 この日の行程は七里であった。別倉では未だ日が高かったが、主婦の言葉を守って、鮮人宿に馬夫と二人でゴロ寝した。馬夫は大風のように、ゴーゴーと鼾をかいている。何処からか冬砧(トウチン)の音がカンカン響いてくる。カンテラがヂイーヂイーと音をたてた。私はそぞろに旅愁をおぼえて、どうしても眠れなかった。

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