田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年4月25日日曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 灰かぐら 2

 私は夕飯後燈下でその日の新聞を広げて見た。すると元山新聞には、悲しい国葬の記事が数欄にわたって掲載されていたが、所々白地のままや或いは抹消された所があった。然し私には何の為に抹消されたのか全く不明であり、想像さえもつかなかった。

 翌四日は、丁度三寒に巡り合わしたのか、朝から陰鬱な暗雲が低迷して、今にも雪が降り出しそうであった。 
事務室で事業計画の編纂に余念がなかった私は、ペンを握ったままガラス戸越しに、見るともなしに組合の後ろにある憲兵隊の方を見ていると、帽子も被らず剣も吊らずに、黒い長靴を履いたT分遣所長が慌ただしく憲兵隊の裏門から走り出た。続いて厳めしく武装したS上等兵とK上等兵が、今度は分遣所長とは全く別の方向に宙を飛ぶように走った。私は「おや! 何か事件が起ったな・」と直感した。すると忽ち分遣所長は、組合のドアを開けて慌ただしく駆け込んだ。そして窓口に二三組合員がいるのに気がついて、直ちに冷静な態度に返った。

「理事さん、一寸話したい事があるから外へ出てくれ給え。」と落ち付いた態度で言ったが、私は先刻からの様子でただ事ではないと思った。

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