田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年4月28日水曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 貫通銃創 2

 負傷して倒れている私を見つけた暴徒は、矢庭に棍棒を振って襲ってきたので、私は倒れたまま日本刀を盲滅法に振り回して防御したが、最早その時は、私の生命は風前の燈火同然であった。私は今はこれまでと観念の目を閉じようとした瞬間に、事務所の入口に突っ立って、こちらを睥睨(へいげい)していた進さんを見つけたので私は思わず、
「おい、進さん進さん」と続けさまに叫んだ。進さんは呼ぶ声に、ハッと気がついて、
「おお! やられたか、しっかりせい!」と叫びながら勇敢にも身辺の危険を冒して、私の傍に這い寄って、後ろから私を抱き起こし、耳元で、
「しっかりせい!」と言って私を背に担ぎ、死地から漸く救い出してくれた。その時さしも頑強に襲撃してきた暴徒も漸く退却しはじめたが、騒乱の巷であった憲兵隊の構内はなお凄愴(せいそう)な気分が満ち満ちていた。

かくて暴徒が全部憲兵隊の付近から退却してしまうと、辺りはまた元のしじまに返った。そして唯、構内を整理するために、憲兵や地方人や補助員が相助けて、右往左往する靴音ばかりが聞こえてきた。

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