田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年4月26日月曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 偵察 3

 私は第一班としてK上等兵とOさんと三人で、邑内の南谷山道路の方面に警戒に出た。夜目にも白く凍った陽徳川に出て橋の袂に佇むと、三町ばかり隔たった路上に、午前三時という深夜にもかかわらず、三十人ばかり集団して密議を凝らしているのを発見した。K上等兵は正面から、私とOさんは左右の側面から接近して、K上等兵は一応身体検査をした。すると各自懐中には、○○○○○を深く蔵していたので、K上等兵は直ちに之を引致した。

 私はOさんとK上等兵を援護しつつ、更に警戒線を巡邏して分遣所に帰ってきた。今度は次の班と交替した。そして私は誰もいない事務室で椅子に凭(もた)れてゲートルを巻き直していると、そこへT分遣所長が電話口からつかつかと私の側に来て低い声で、
「理事さん、本当に有難う。お蔭で電話も先刻から、どうやら不完全ながらも通ずるようになったから安心してくれ給え。そして成川よりの電話によると、今度の騒擾(そうじょう)は天道教徒の独立運動だということが分かったよ。」と言って長靴に縺れた軍刀をガチリャと左手で握り締めた。

「天道教ですか?」と言って私は驚いた。そして天道教信者である組合員誰彼の顔を自分の頭の中に描いてみた。それから最後に、豹を獲った天道教信者の崔さんを思い、錐ででも胸を抉られるような思いがした。そしてどうかあの年取った崔さんがこの運動に加わっていてくれなければいいがと唯そればかりを心密かに念じた。

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