田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年4月28日水曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 貫通銃創 7

 本通りは尚右往左往している暴徒の足音が聞こえていたが、私を護衛する者はまだ追いついてこない。そのうちに町角の酒幕の前に差し掛かると、その中から、
「おい、待てッ! 止まれッ!」と大声で怒鳴った者があった。それはもちろん酒幕で酒をあふっていた暴徒の一味であった。
 民雇はただ恐ろしさに黙って担架を担いだまま暫く小走りに駆けって、投げるように担架を下ろすと、自分達はバタバタと何処かへ隠れてしまった。

 担架を下ろされた私は、血に染まった足の先が、冷たく凍った大地に触れてヒヤリとしたので、顔の毛布を押しのけて目を開けてみると、大空には漠々たる浮雲が流れて、午後の陽射しが冷たくぼんやりと輝いていた。直ぐ目の上には葉のない桑が枯れ木のようにつっ立っていたので、それが桑園であることが分かった。桑園の向こうの破れかかった黍垣のすそには、二人の民雇が真っ青な顔をして小さく跼(せぐくま)んでいた。

 私は今はこれまでと思って、また静かに毛布を被った。その時急に道路に面した側で、ドカドカと慌ただしい足音が聞こえて、それがだんだんと私の方に接近してきた。今まで黍垣に身を潜めていた民雇は「アイゴ!」とふるえた異様な声をたてた。  

 絶えざる出血のため今は全く気力を失った私は、その慌ただしい足音や民雇の異様な声を聞いてただ事ではないと思った。
 暴徒? 護衛? 生? 死? 私は静かに観念の目を閉じたのであった。

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