田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年4月20日火曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 戀(こい)の豹 4

 それから二三日たった大雪の朝の事であった。天道教信者の崔さんが、「大豹が捕れたから見物に来なさい。」と知らせてきた。私は崔さんの後ろからついて行ってみた。
 崔さんの友人の家に入ると、そこの内庭にはアンペラが敷かれてある。その上には七尺に余る大豹が、頭の先から尻尾の先まで丸剥ぎにされて、真っ赤な無気味な死体を横たえていた。
 温突の柱には丸剥ぎされた斑点の鮮やかな、生々しい豹皮が吊るされてあった。五六人の朝鮮人が恰も変死人でも見るように、アンペラの上に横たわっている豹のむくろを取り巻いていた。

 崔さんは豹の死骸を指しながら語りだした。その話によると、昨日の朝の大雪に、崔さんは予ねて仕掛けておいた狐罠を見回りに行った。すると木の根にしっかと縛っておいた鎖が切れて、そのあたり一面に猛獣の足跡が残っていた。崔さんは一時は非常に恐怖したが、部落の人々と棍棒を携えて、付近を探していると、直ぐ側の崖下から、山岳を震わすような、ウォーという物凄い唸り声が聞こえたので、人々は縮みあがった。勇を皷して遠巻きにして近寄ってみると、そこには一頭の大豹が足に鎖をつけたまま崖腹に倒れぶら下がって牙を鳴らしていた。

 その豹は狐罠にかかると、死力を尽くして鎖を引き切って、足を罠に挟まれたまま、疎林の中を一足飛びに逃げて行くうち、罠の鎖が木に巻きついて、自ら崖に落ちてぶら下がったのである。
 それでどうしても近づけないので、最初は大きな石を投げつけて、豹が弱ったのをみすませて、崔さんが棍棒を振って撲殺したのである。それを今日邑内に売りに持ってきたのである・・・と、皮を剥がれて目ばかりギョロギョロしている豹のむくろを顧みた。
「理事さん、豹のロースをあげましょう。これは米のとぎ汁に漬けておいて食べると、素晴しく美味しいですよ。」と言って、崔さんは猛獣狩りの名人ででもあるかのように、腰にぶら下げている金具の柄のついた小刀を抜いて、胸の肉をスルスルと剥ぎ取って新聞紙に包んでくれた。

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