田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年4月23日金曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 馬の鈴 2

 洪君の奥さんは、洪君より一つ下の二十一歳で、誠にしとやかな婦人であった。京城の或る女学校を卒業すると、洪君と結婚したが、やはり熱心な耶蘇教信者であった。そして普通、朝鮮婦人のように、他の男を見ると、逃げたり隠れたり、また態と横を向いたりするような態度は少しもしなかった。そして途中で会っても、丁寧に頭を下げた。洪君の奥さんはどこまでも淑やかな夫人であった。

「今くらいの雪なら大丈夫でしょう。とにかく昨日も道庁から電話がかかってきたように、向こうの設立を大変急いでいますからねえ。」と言って、私は洪君の出発を促した。
「とにかく、行ける所まで行きましょう。」と言って、洪君は立ち上がった。奥さんが黙って洪君の黒いマントを差出すと、洪君は黙ってそれを受取った。
温突の障子に雪が吹きつけられる音が聞こえた。

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