田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年4月25日日曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 灰かぐら 1

早春の陽は弱く静かに暖かい。太陽が東の保護林の上に高く差し昇ると、今まで灰色に凍っていた路面や裏畑が、じりじりと黒く湿ってくる。全くこの頃の四温日の大地は微笑んでいるようだ。
 隣の破れかかった黍殻の籠に止まっていた鶏が、美しい羽を羽ばたいて朗らか唄った。組合の石畳や郡庁の門前の日向には何処の飼い豚か知らないが、ぞろぞろと沢山の子豚を引き連れてきて、さも気持ちよさそうに枯れ芝の陽に仰向けにひっくり返って腹を干している。まことにこの僻邑にふさわしい平和な情景であった。

 S組合の設立準備委員に任命された洪君が赴任してからは、だんだんと年度末が近づいたので、忙しい月日が続いた。

 三月三日は故李太王殿下の国を挙げての悲しい国葬日であった。そしてこの高原地帯の僻辺ですら、山河は朝より悲しい風が簫々(ショウショウ)と吹き渡った。邑内の家々には一斉に半旗が掲げられて邑人は今日の悲しき国葬を敬弔し、邑内は深い悲しみの幕に包まれた。

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