田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年4月16日金曜日

序 1

 本書をこのような一冊にまでまとめて世に送ることを、著者にも発行者にもすすめたのは私なので、その立場から本書と著者とについて一言したい。

 昭和十五年の初夏の頃、私は朝鮮へ旅し、朝鮮金融組合連合会の岩田龍雄君の案内で、黄海道地方の農村へ行った。途中の車中、岩田君は朝鮮の農村事情についていろいろと説明したが、やがて鞄の中からその月の金融組合の機関紙を取り出し、その中のある文章を示して、それを是非読んでみるようにと言った。岩田君は当時、機関紙の編集の方を担当していたのである。
 氏が示した文章というのは、「それから十二年」というので、物語風に書かれたもので、もうだいぶ回数を重ねているらしい様子であった。作者重松髜修氏は金融組合の役員の一人だということであった。

 汽車はのろのろと走っていた。車窓から見る農村風景は私には珍しかった。私は見たり聞いたりすることに忙しかったが、それでもその合間に、「それから十二年」にざっと目を通すことができた。
「いかがですか?」と、岩田君はたずねた。私は「非常に面白い」と言って率直に自分の感想を語った。「それから十二年」は物語風に書いているが小説ではなかった。田舎に住んで仕事をしている金融組合の職員(重松氏)が、組合の仕事を中心に村の生活をありのままに記したものであった。私という主人公の生活が中心だが、狭い私生活に膠著せず、朝鮮農村のいろいろな姿が見えるように描かれており、二つの民族が交流し合っている難しい関係のなかで仕事をしている人々の心情も温かく読むものの心にしみるのであった。

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