田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年4月25日日曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 灰かぐら 10

 私は無言のままで、その短刀を受取って、腰に手挟んだ(たばさ)んだ。そして、
「さァ、行きましょう。」と、進さんを促した。進さんは、
「重松さん、住みなれた家も、これが最後となるかもしれませんね。」と、懐かしき我が家を振り返りつつ歩き出した。

 真っ暗な私の家で、柱時計がチーンと一時を報じた。  

 早春三月の夜風は、犇々と肌に迫ってくる。仰げば晴れ渡った大空には無数の星が淋しく瞬いている。  

 時折憲兵の佩剣の音や靴音が聞こえるばかりで、夜更けた邑内は全く湖の底のように静寂であった。

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