田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年5月15日土曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 不安の一夜 5

 こうして恐ろしい不安の一夜が過ぎて、四方の山々が紫色に明けると、まもなく自動車の爆音が勇ましく響いて、応援の平壌連隊の兵士がS少尉に引率されて、十二名来着した。

 憲兵隊の庭内では、死のドン底に突き落とされて、刻一刻と死期を待つがごとき心持ちを抱いて、ただ兵士の到着を待ちに待ちたる人々によって、万歳が高唱された。一同は相擁して感激に咽び泣いた。

 進さんは慌ただしく私の室に駆け込んで、
「重松さん、もう大丈夫だ。兵隊が来た。」と大きな声で言ったが、両目には涙が光っていた。

 私は床に横たわったまま負傷の苦悩もうち忘れて、思わず万歳と叫んだ。涙が止めどもなく溢れ出た。

 不安な一夜を一睡だにもせず、看護に力を尽くしてくれたE夫人もN夫人も、腰の弁当を投げ捨てて感激のあまり相抱いて声をたてて泣いた。

 温突の障子には、早春の柔らかい春の陽ざしが、漸く差し込んできた。

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