「理事さん、傷は浅い。二週間・・・。」と言って公医さんは、私が負傷したとき励ましてくれたが、それからもう二週間は経ってしまったが、私の足は漸く腫れがなくなったばかりであった。
私は静かに仰向けに寝たきり、全く動くことさえもできなかったが、その頃毎夜誰かが必ず見舞いに来て慰めてくれた。
ある晩、進さんやOさんや岡田さんが見舞いに来てくれ、四方山話から又恐ろしかった騒擾の話に変わって、遂にS組合に転勤した洪君の話に移った。私は床に横たわったまま、
「洪君は何だか今度の騒擾事件に加わったような気がして心配ですよ。」と言ったら、煙草をふかしていた進さんは、
「今度の騒擾は主として天道教徒だから、耶蘇教信者の洪君には何の関係もない筈だから、無論そんなことはないでしょう。」と頭から私の言葉を否定してしまった。するとOさんは、
「それにあの洪さん、中々考え深い賢い人だから、あんな運動には加わらないでしょう。」と、進さんと同じように洪君を弁護した。
「しかしOさん、人間という奴は、一寸した機会に魔がさすと、とんでもないことをするものですからねぇ。私が負傷した時、公医さんの所で偶然出会った組合員の崔さんのことを考えてごらんなさい・・・。」
「ほんとうにねぇ。」
「あれでも警戒の時、随分探して、出会ったらよく説明しようと思っていたのに、とうとう巡り会うことができないで、あんなことになってしまったものね・・・。」
「全くあの人の好い崔さんが、あんなことになったのも、所謂魔がさしたのかもしれませんね。」と私とOさんとが話していると、今度は岡田さんが、
「しかし洪さんに限って、そんな心配は毛頭ないでしょう。」と言って茶を啜った。
「しかし私は先日から何だか洪君のことが思い出されて、もしやと思って心配しているのです。」と私は答えた。
それから洪君や崔さんの話が絶えなかった。
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