田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年5月24日月曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 真の内鮮融和 3

 私は人ごみの中を押し分けて、見覚えのある町を懐かしみつつ歩いて行くと、露店の傍らからフイに私の方に駆け寄って、
「アイゴ! 理事さん!」と私に飛びついてきた者があった。この不意打ちに私はびっくりしたが、それが常々案じていた崔さんであったので、思わず、
「おゝ、崔さんか・・・ よく元気でいてくれた・・・」と叫んだ。

 崔さんの頭は大分白くなっていた。そして日焼けしたその顔には、最早幾筋かの深い皺がよっていたが、笑えばそれがなだらかな線を描いて却って田舎の質朴な好々爺のように見えた。
崔さんは先刻から、私がステッキをついて歩いて来るのを見ていたらしく、
「理事さんは大分足が良くなったようですね。」と言って自分の子供の足でもよくなったのを喜ぶかのように心から喜んでくれた。
「崔さんはその後、頭の傷は痛まないかね。」
「いゝや、私は大丈夫ですが、理事さんの傷はどうですか?」
「有難う、気候の変り目や、無理をした時は痛むが、それでも今は大変良くなって、こうして出張も出来るようになったですよ。」
「大事にして下さい。何れこの薪を売ってしまったら、組合に利息を支払いに行きますから、またお目にかかります。」と、崔さんは笑いながら、松葉をつけた牛を引いて人込みを押し分けて行った。私は崔さんの後姿を見送って、轉た懐舊の情に堪えなかった。

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