田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年5月24日月曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 再び第一線へ 2

 慈恵医院の院長は温顔に微笑みながら、私に対して「貴方は全く再生したのだ」と言ったことがある。

 半島開拓の聖壇を碧血で血塗った私は、今また再生の希望と歓喜とに燃えて、更に残る不具の半生を半島農民のために捧げよう。
そうだ、愛と力と熱とは総てを征服する。こう決心したとき、私は心臓の高鳴りをさえ覚えた。

 そして私は何の躊躇もなく、大正十四年七月、江東金融理事として、再び第一線に立ったのである。

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