拝啓 前略御免下され度候、陳者理事様へは今更御手紙を
差上ぐる事さへ、誠に面目なき次第に有之候、実はあの時断然
自殺を決心し、夜の甲板上をうろうろとさまよひ居り候処、図らずも
船員に発見せられて、厳しく監視せられたる結果、之が決行の
機会を失し候まま、唯甲板に佇みて、大海の大空に瞬ける無数の
群星を打ち眺め居り候処、その内段々と冷静に相成るに従ひ、
生に執着を感じ、死ぬ覚悟を以て今一働きと存じ、又元の台湾に
渡航し、さる郵便局に勤務致し居り候、顧れば昨年出発前後に
当っては、多大の御心配相かけ候段、今更何とも申訳なき次第に
候、何卒平に御許し下され度候、実は何かの機会に御挨拶をと
思ひ居り候処、図らずも今朝、新聞紙上にて「陽徳金融組合理事
重傷を負へり」の記事を拝見いたし、誠に驚愕仕り候、
その後の御容態如何に候や乍蔭御案じ申上げ候、何卒精々
御加療の上、一日も早く御全快の程祈り上げ候、先ずは不取敢
御見舞申上候、早々。
大正八年三月八日 田 井 囚 水
重 松 理 事 様
と進さんは、一息に読み下して、みんなと顔を見合わせた。私は全く死んだと思っていた田井さんから、今こうして見舞状を受け取ったが、あまりの事に、何が何だか解らなくなってしまった。
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