田中秀雄『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』重松髜修物語

2010年5月15日土曜日

朝鮮農村物語 我が足跡 不安の一夜 4

 宵から一睡もしないで看護に付き切ってくれたE夫人はN夫人に向って、
「奥さん、今もし暴徒が襲撃してきたらどうしますか?」と聞いた。するとN夫人は緊張した面持ちで、
「理事さんはこの通りの重傷で歩くこともできないし、それかといって女の身で私達が背負って、他に非難することは尚更できませんわね。だから気の毒でも、蒲団にくるんだままこの押入れの中に一時匿しておいて、私達は灯りを消して、兵隊が来るまで裏山に避難していましょう。」と答えた。すると今度はE夫人が、
「本当に重松さんは痛ましくても、この場合それより他に仕方がないですわね。それにしても食べ物だけは準備しておきましょうね。」と言って二人の奥さんは、握り飯をハンカチに包んで、それぞれ帯に結び付けて、いざという時の準備をしていた。

 二人の奥さんの会話を耳にして、私は今に押入れの中に入れられるであろうが、もしそれを暴徒にでも発見されたらどうなるだろうかと、何だか情けなくてたまらなかった。

 そしてこの非常の場合に、どうせ死すべき私のために、貴重な人手を割くことを本意なく思って、帽子掛けにかけてあった私の血に染まった挙銃を見て、幾度か自殺をしようと思ったが、足が立たないのでどうしても挙銃を取ることができなかった。もしその時、私の足がた立っていたなら、恐らく自殺していたに違いない。

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